刀剣男士と文月




 今日は朝から晴れていて蒸し暑いかった。万屋で日用品を買い終えて店を出たら、暗くなっている気がする。急ぎ足で本丸に向かうけど、厚い入道雲に覆われた空と冷たい風に、一緒に来ていた鯰尾藤四郎も苦い顔をしている。

「……どう思う?」
「……もたなさそうですね。主さん傘持ってます?」
「今日は置いてきた。ずおは?」
「俺も持ってないですねー」
「本丸に連絡するか……」
「そうですね……あ」

 誰なら早いかな、と画面をスクロールするうちに、遠くからゴロゴロと嫌な音が聞こえる。明らかな雨の匂いに、まずいと思った時にはもう遅かった。雷とともに大粒の雫が降り注ぐ。
 その瞬間鯰尾が私の分の荷物も抱えて走り出した。

「主さんこっちへ!!」
「どこ行くの!?」
「確か茶屋がありましたよね!?そこで雨宿りしましょう!!」
「……ああ!あった!あそこの喫茶店ね!!了解!!」

 同じく雨に慌てている人の中を掻き分けながら、ひたすら走る。雨の音にかき消されないように大声で話しながら鯰尾を追いかけるが、脇差の機動に付いて行くのはしんどい。速度を落としてくれているからようやく離されてないようなものだ。これでスニーカーじゃなかったら無理だった。頑張れ私の脚!元短距離走者の意地を見せて!!

 息はすぐ整ったから、私の体力もまだまだ捨てたものじゃないかもしれない。鯰尾は息切れすらしてないけど。さすが。荷物で両手が塞がってる鯰尾に代わってドアを開けて中に入った。ちょっと待つことになったけど、他に待っている客はいないからすぐに案内してもらえそうだ。

「いきなり走り出すから何かと思ったよ……ああー久しぶりに走った」
「でも主さん結構足速いですよね?」
「鯰尾に言われても……。まあ、昔は走ってたからなあ」

 待ってる間にカバンからハンドタオルを出して、自分より少し低い鯰尾の顔や肩を拭う。「俺は、別に」とか「触り返しますよ?」とか言ってる声は無視だ。風邪でも引かれたら大変だ。長い綺麗な黒髪も拭いてから、自分も軽く拭いているところに店員さんが来た。鯰尾に荷物を持たせてたから、早く座れて良かった。

 万屋のある大通りから少し中の路地に入ったところにあるこの喫茶店は、コーヒーがおいしいとうちの本丸で有名だった。よく買い出しの帰りに寄っていたから鯰尾も覚えていたらしい。メニューをみながら二人で悩んで、私が普通のブレンド、鯰尾はカフェオレを注文した。
 ああ冷たい。靴が水を吸って気持ち悪い。ジーパンも裾の方が重い。でも、上が白物じゃなくて良かった。

「どうしようか、本丸から傘持ってきてもらう?」
「うーん、多分通り雨なんですぐ止むと思いますけどね」
「そう?じゃあしばらく待って、あまりにも止まなさそうだったらお迎え頼むかー」
「そうですね。じゃあ俺、加州さんに電話で報告してきます。洗濯当番どうなったのかも聞きたいので」
「頼むわ。ついでに私の部屋窓閉めたか確認してって言っておいて」
「分かりました」
「こっちは全体グループで一応連絡しとくわ」

 そう言って鯰尾は素早く端末を持って少し離れていった。いやあ、一緒にいたのが鯰尾で良かった。一応全員に端末は渡してあるけど、機械苦手な連中だったらもっと面倒なことになる。話が早いから助かった。
 端末でメッセージアプリを開いて、簡単に連絡した。すぐ既読がいくつかついたが誰だろう、可愛いスタンプが乱から返ってきた。既読も増えてるし、これで大丈夫だろう。あとは加州が説明してくれるはずだ。

「戻りましたーって、コーヒー来てたんですね。先に飲んでてくれたら良かったのに」
「ちょうど今来たとこだよ。じゃ、いただきます」
「なら良いんですけど。いただきまーす」

 運ばれてきたばかりのコーヒーはどちらも湯気が立っている。雨で濡れた後クーラーに冷やされた身体にはホットがちょうどいい。鯰尾の表情もちょっと緩んだ。
 まだ窓の外はもやに包まれたように白いけれど、屋根を打つ音が少しずつ弱くなってきた。

「加州は何て?」
「分かった、って。ああ、主さんの部屋は降り始めた時に見に行ったらちゃんと閉まってた、って言ってました」
「それは良かった。ありがとね」
「洗濯当番のついでなんで。ああ、洗濯も大変だったらしいですよ。今日梅雨の間に溜まってたシーツとかタオルとかの大物もいっぱい洗濯してたんで」

 洗濯当番は加州が雨戸とか電気とか私の代わりに全体に指示出しに回ったため、薬研が中心になって洗濯物取り込んだらしい。ちょうど非番だった三名槍を物理的に尻叩いて手伝わせたそうだ。何それめっちゃ見たかった。
 けれど特にブレーカー落ちたりとか危ないものが濡れたとか、そう言った被害は何もなかったらしい。良かった。

 最近の粟田口の様子とか、本丸に何か土産を買っていこうか、何がいいだろうかとか、ずっと鯰尾と喋っていたが、雲の隙間から夕陽がのぞいているのに気付いてようやく帰り支度を始めた。端末を見ると本丸から何件か連絡が入っている。雨が止む前に迎えが出発してくれたらしい。
 会計を終えて外に出ると、雨上がりの夕焼け空に虹がかかっていた。久しぶりに見たな、と鯰尾と二人で写真を撮ってから本丸へと歩き出す。

「にしても、こんなに降られるとは思わなかったなー。昨日で梅雨明けたんじゃなかった?」
「だからこそかもしれませんけどね。夏の風物詩じゃないですか、夕立って」
「それもそうだね」
「夏を体験出来たし、主さんとゆっくり話せたし、虹も見れたし、今日はツイてる日でした!」
「そうだね……うん。今日はツイてたな」

 雨で濡れたことなどなかったかのような鯰尾の笑顔は、こっちまで元気にしてくれる。その前向きな考え方は見習いたいところだ。

 非番だった乱と五虎退と骨喰が三人で迎えに来てくれたので、五人で仲良く水たまりを避けながら洋菓子店に寄って帰った。人数分の桃のタルトはとても量が多かったけど、ホールだし五人いたからそこまで大きな荷物にはならなかった。
 夕立ちが茹だるような暑さを持って行ってくれたようで、デザートにタルトを食べる頃にはとても涼しくなっていた。





鯰尾藤四郎と夕立

幸せを感じる瞬間#01(黒バス)/刀剣男士と文月(刀剣乱舞)

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